憧れの焼肉ビール   

 しかし、よく考えてみたらちゃんとした目的地などはないのだ。とりあえず、南に行けば天気がいいだろうという思い込んだら命がけ的発想でここまで来たようなものだ。

 そこで、地図を取り出してどこかいい所はないだろうかと見ていたら、「××渓谷 白糸の滝」というのが目についた。オッこれはなかなかいいではないか、やはりキャンプは水のある所でなくっちゃあ、よしここ決め。と、なんともいい加減に今日の宿泊地が決まったのである。
(「××渓谷」と伏せ字にしているのは単に、記憶に残っていないだけであり、場所をあいまいにして好奇心をそそろうとか、自分だけの秘密にしようとかの深い意味はない。)

 もちろん、その「××渓谷 白糸の滝」なる所には行ったこともないし、どんな所か知りもしない。また、キャンプができるものやらどうやらまったく分からない。まっ、いいさなんとかなるさ。

 しかし、夕暮は迫っておりのんびりしているわけにもいかないのである。今日のねぐらを確保して、なにはともあれ冷たいビールで乾いたノドを潤さなければならない。
 次に気になるのは夕食のメニューだが、行き当たりばったりの割には、キャンプの用意というのは周到であり、今回は、肉とガソリンコンロ持参で焼肉パーティ(!)をおごそかに催すのである。
 普通のキャンプでは、缶詰に出来合いのつまみというのがファミリー定食であるけれども、今回は、豪華ほのぼのコース2300円也という雰囲気なのである。一人きりというのはやや満足度に欠けるが、ジュウジュウに焼けた大量の肉を頬張り、キンキンに冷えたビールで一気に流し込むという、爽快的日本の夏式宴会を開こうともくろんでいるのである。

 天気は相変わらずあまりすっきりしないが、焼肉冷たいビールセットを思えばそんなことは大したことではないのだ。それには、まずキャンプ地を確保しなければならない。

 とりあえず、「××渓谷」に入って行く。なかなかきれいな所であるが、再び雨が降ってきた。ウウーム。明るく正しい青年の焼肉パーティという希望にはややかげりが見え出したが、とにかく雨がしのげる所が見つかれば、そこがたとえ墓地の隣でも、または「傾いた廃屋、牛との同居生活」というのであっても、とりあえずよしとしようと謙虚に走るのであった。

 しかし、それでも冷たいビールだけはなんとしても、どんなことがあっても確保しなければならない。それはもうカレーに福神漬、納豆に刻みネギ、刺身にわさびジョーユという、ツーリングには切っても切れないものであり、いやそれ以上に牛丼の牛肉、ハンバーグの挽肉、テンプラの衣のように、それなしではほとんど意味のない、言ってみればコーヒーのないクリープの世界なのである。

 しかし、「渓谷」はあくまでも「渓谷」であって、当然そこは人里離れた場所なのである。走れば走るほど、人家はまばらになってとても酒屋があるようには思われない。

 それでも、僕は希望を失わない。どんなへんぴな所でも必ずあるのが酒屋なのである。 それは、もう確信や希望的観測を超えた、超個人執念的願望なのであった。これだけ雨に打たれ峠をいくつも越えてやってきたのだから、冷たいビールなしにはおさまらないのだ。