最悪の時はここで野宿をすればいいと、最低限の文化的(?)生活を確保して余裕がでてきた。そういえば、東京の府中市にいる時、水戸まで一泊二日のツーリングに行った折もこの屋根付箱型休憩ベンチで野宿をしたのだった。大変おせわになった由緒正しいベンチなのである。もっとも、あの時は自転車で行ったのであった。
片道120キロのかなりハードなツーリングであったのだ。今考えるとすごい事をしていたものだ。
それにあの時はビールも飲んでいなかった。人間、酒の味を覚えると堕落するというが、体力的にはまったくそのとおりだ。しかし、あの渇ききったノドをしびれさせながら通り抜けていく、冷たいビールの快感的味わいを心ゆくまで堪能できたらどんなに堕落してもいいと、僕はここではっきりきっぱりと断言するのである。
そういうわけで、あとはしつこくこだわり続けている冷たいビールを可及的速やかに確保するというのが、僕に与えられた使命なのであった。
運のいいときには、いいことが重なるもので数百メートルも走らないうちに酒屋を発見することができた。
僕には、その古びてこころもち傾いた典型的田舎渓谷酒屋がピカピカと輝いて見えた。そしてまた、いかにもそれにふさわしい店番のおばあちゃんもピカピカと輝くはずであったが、彼女はまたそれなりにやはりオババだった。
しかし、ここで喜びにわれを忘れ、前後の見境もなくビールを買ってしまうのは素人なのだ。冷たいビールの命は短く、もたもたしていたら、なまぬるおおまず「びいる」になってしまうのである。まずは、キャンプ地を確保し、焼肉を焼く準備をきっちりとつけてから買いに来るというのが、正当的焼肉コースの常識的段取りというものなのである。
本来ならば、肉がほどよく焼けた所で冷蔵庫からサッと出してシュポッと抜いてグビグビグビと飲み下すのが、焼肉冷たいビール偏愛者の極めつけ常習法であるのだ。けれど、あまりあれもこれもと欲ばると、肉を焦がして酒屋は閉まるという最悪の事態に陥ってしまうのである。
梅雨明けに対する個人的確信を、ほとんど無残に打ち砕かれつつある僕は、今や最悪の事を念頭に置いて行動するという慎重かつ合理的精神を身に付けつつあるのだ。
ここで、また雨の降り方が一段と激しくなり、これはもうさっきの箱型ベンチで、豪快かつ野性的に焼肉ビールを味わい尽くすに限るという結論に達するのに数10秒しかかからなかった。数10秒を、長いと言う人もあろうが、ビショ濡れ苦難ツーリングの最後を華々しく飾って良き思い出に変える、メインイベント心楽しい焼肉パーティの雰囲気造りはなににも増して重要な事なのである。
それを、たかだか数秒で決定してしまうのは浅慮というものであり、かといって数分も悩むのは優柔不断の極みである。これはもう、数十秒というのが妥当かつ最良の所要時間なのである。
そして、もちろん、ついさっきまで、どこでもいいから雨さえしのげる所さえあれば、と気弱になっていたことなどは忘れてしまった。
ヘッ、墓地の横なんぞでうまい焼肉が食えるか、エッ、牛なんぞは同居するもんじゃあねえ食うもんだ、ケッ。と、寝場所とビールを確保しえた僕の意気はグングンとどこまでも上昇するのであった。
さて、それではとりあえず荷物だけ降ろして来て、ビールを買って焼肉だ、と僕は久しぶりに感じる幸福感に包まれて、イソイソと、我がねぐら、箱型ベンチへと向かったのである。